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『翌檜物語』 井上 靖

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  宮本輝が初めて大人の小説を読んだのが『翌檜物語』であるそうだが、私にとっても同じような感覚がある。少年鮎太が大人になるまでの六編が描かれているが、中でも印象的だったのは少年鮎太に愛と死を教えた「深い深い雪の中で」の冴子と、気性の激しい「寒月がかかれば」の雪枝、そして華やかな若い未亡人である「漲ろう水の面より」の信子である。   「トオイ トオイ 山ノオクデ フカイ フカイ   雪ニウズモレテ  ツメタイ ツメタイ 雪ニツツマレテ  ネムッテシマウノ イツカ」 冴子 「寒月ガカカレバ 君ヲシノブカナ  アシタカヤマノ フモトニ住マウ」  鮎太 「信子の言い方を以ってすると、多くの人間は大抵翌檜  だが、大きくなって檜になる歴とした檜の子もその中  に混じっている。ただそれの見分けがつきにくいこと  が問題だと言うのであった」 「誰が檜の子かしら。大澤さんかしら、鮎太さんかしら」  そんなことを信子はよく言った。」          井上 靖 『翌檜物語』 二の丸庭園(東京)

「大学一、二年生の頃の読書」

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日記を書き始めたのは大学時代だと思いこんでいたが、いま原本を見てみると高校三年生の昭和三八年(一九六三年)一〇月からであった。 日記の一部には昭和三九年から四〇年にかけて、大学の一、二年生の頃に読んだ本の一部も記載しており、またそれらの中で感銘を受けた文章も書き写している。読んだ本の内容は下記の通りである。 『草枕』夏目漱石  『クロイツェル・ソナタ』トルストイ 『氷壁』井上靖  『挽歌』原田康子   『ヴェルレーヌ詩集』ヴェルレーヌ 『星の王子さま』サン=テグジュペリ   『大地』パール・バック 『風と共に去りぬ』マーガレット・ミッチェル  『青年』森鴎外 『ロミオとジュリエット』シェークスピア  『刺青』谷崎潤一郎 『誰が為に鐘は鳴る』ヘミングウェイ 『斜陽』太宰治 『三四郎』夏目漱石 『たけくらべ』樋口一葉 『真理先生』武者小路実篤  『愛の渇き』三島由紀夫 『アルト・ハイデルベルク』マイヤーフェルスター  『ファビオラ』ワイズマン 『愛の無常について』亀井勝一郎 『二十四の瞳』壷井栄 『エセ―』モンテーニュ 『翌檜物語』井上靖 『暗夜行路』志賀直哉  『足長おじさん』ウェブスター 『ハムレット』シェークスピア 『坊ちゃん』夏目漱石  『赤と黒』スタンダール  『風立ちぬ』堀辰雄 『肉体の悪魔』レイモン・ラディゲ 『デミアン』ヘッセ  『氷点』原田康子 『美しさと哀しみと』川端康成  『青年』森鴎外  『共産党宣言』『新労働と資本』『賃金 価格 利潤』  カール・マルクス  『共産主義の諸原則』 エンゲルス 『国家』ラスキ   キューケンホフ公園(オランダ)

「太田 蜀山人の狂歌」

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大學ではサッカー部に入ったが、サッカー部時代の合宿生活で、印象深い思い出がある。合宿の打上げ会で、二次会は医学部の先輩の知っているスナックへ行った。そのスナックは医学部出身の医者がオーナーで、新しく出来たばかりであった。壁は真っ白で、そこに落書きができるようになっており、オーナーとその医者仲間がサッカー部の誰でも、何かいい言葉を書いてみろと言う。そこで私が手を上げて、太田蜀山人の次の狂歌を書いた。   「世の中に酒と女は仇なり どうぞ仇に巡り逢ひたい  太田 蜀山人」    お医者のオーナーグループからやんやの喝采を受け、その夜の我々の勘定はそのグループよりのご馳走ということになった。そのスナックの名前は、忘れもしない「アルト・ハイデルベルグ」であり、ハイデルベルクは香港勤務時代に初めて欧州旅行をしたときに、一泊したドイツの大学都市であった。   <太田 南畝> 1749年~1823年 天明期の代表的文人、狂歌師である。御家人として、勘定所に勤務、随筆・狂歌・漢詩を多く残した。 椿山荘

「映画音楽について」

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  映画と言えば邦画ではなく洋画であったことはすでに述べたが、映画音楽と言えば洋画のテーマとなった音楽であった。兄が『スクリーン』という月刊誌や『月刊 映画音楽』を購入していた影響もありよく聞いていた。今でも手元にそのシートが数枚入っているその雑誌が残っている。昭和三十五年(一九六〇 年)代を中心に、記憶にある有名な映画音楽をあげると、『エデンの東』のテーマ、『慕情』の「 Love is a many splendored thing 」、『太陽がいっぱい』のテーマ、『ティファニーで朝食を』の「 Moon River 」、『激しい季節』の「 Temptation 」、『刑事』の「 Sinno’Me Moro (死ぬほど愛して)」、『ブーベの恋人』のテーマ、『愛情物語』の「 To Love Again 」、『真昼の決闘』の「 High Noon 」、『ひまわり』のテーマ、『シェルブールの雨傘』の主題歌、『男と女』のテーマ、『卒業』の「 Sound of Silence 」、そしてレナード・バーンスタイン作曲の『ウェスト・サイド・ストーリー』の「 Tonight 」、「 Maria 」、「 Cool 」を始めとする名曲の数々。これらの映画の中で印象に残っている女優としては、すでに名前を挙げた女優を除けば『激しい季節』のエレオノラ・ロッシ・ドラーゴの美しさと女の命の激しさ、そして『ブーベの恋人』のクラウディオ・カルディナーレの個性的な美とアンニュイな女らしさであろうか。  一九六〇年代まではかなり流行していた音楽のジャンルで、今は流行っていないものとしては、シャンソン、カンツォーネ、コンチネンタル・タンゴ、ボサノバなどがあげられる。そうして洋画においても、当時はフランス映画やイタリア映画がかなり日本にも入ってきており、どちらかというと米国映画より質の高いものが多かったが、今では世界中がハリウッド映画に征服されたかのようである。邦画と日本のアニメ映画、邦楽そして J ポップスなどが日本やアジアにおいて流行していることは、ありがたいことだと思う。 マンハッタンの南端

「洋画 『草原の輝き』など」

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高校生時代に記憶に残っている西部劇映画はジョン・ウェイン監督・主演の『アラモ』、スティーブ・マックイーンが若々しかった『荒野の七人』などである。マックイーンはテレビ番組の『拳銃無宿( WANTED DEAD OR ALIVE )』でも有名であった。  大学生になってからは憧れの女優であったナタリー・ウッド、ウォーレン・ビーティ主演の『草原の輝き』、同じくナタリー・ウッド、リチャード・ベイマー、ジョージ・チャキリス、リタ・モレノが演じた作曲レナード・バーンスタイン、監督ロバート・ワイズ、振付ジェローム・ロビンスの『ウェスト・サイド・ストーリー』は三回ほど見た。後にニューヨーク勤務となった折に、ウェスト・サイド地区の恐ろしさを知ることとなった。  大学四年生かもしくは銀行に入った頃に見た映画で印象的なのは、リュドミラ・サベリーエワの『戦争と平和』、そして『ひまわり』である。『ひまわり』の方はソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニが共演であったが、ロシア人女優での最高の華はリュドミラ・サベリーエワではなかろうか。『男と女』のアヌーク・エメも色っぽかったが、アニエス・ヴァルダ監督の『幸福』を演じたマリー・フランス・ボワイエもしっとりとした清楚な美しさを持った女優であった。   Splendor in the Grass William Wordsworth Though nothing can bring back the hour  of splendor in the grass, of glory in the flower, we will grieve not. Rather find strength in what remains behind. 草原の輝き ウイリアム・ワーズワース 翻訳:高瀬鎮夫(たかせしずお) 草原の輝き 花の栄光 再びそれは還(かえ)らずとも なげくなかれ その奥に秘められたる力を見い出すべし シカゴの夕焼け

「洋画 『誰がために鐘は鳴る』など」

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映画の製作年は前後するが、マーガレット・ミッチェル原作でヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル主演の『風と共に去りぬ』、ゲイリー・クーパー、イングリッド・バーグマン主演の『誰が為に鐘は鳴る』、ジェームス・ディーン主演の『エデンの東』、オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック主演の『ローマの休日』などは、もう高校生になってから、試験の終わった後などに観覧した記憶がある。中間試験や期末試験が終わると自転車を連ねて映画館に通ったものである。    No man is an island, Entire of itself. Each is a piece of the continent, A part of the main. If a clod be washed away by the sea, Europe is the less. As well as if a promontory were. As well as if a manner of thine own Or of thine friend's were. Each man's death diminishes me, For I am involved in mankind. Therefore, send not to know For whom the bell tolls, It tolls for thee.   John Donne Devotions upon Emergent Occasions, no. 17 (Meditation) 1624 (published) なんびとも一島嶼にてはあらず、 なんびともみずからにして全きはなし、 人はみな 大陸 ( くが ) の 一塊 ( ひとくれ ) 、 本土のひとひら そのひとひらの 土塊 ( つちくれ ) を、 波のきたりて洗いゆけば、 洗われしだけ欧州の土の失せるは、 さながらに岬の失せるなり、 汝が友どちや 汝 ( なれ ) みずからの  荘園 ( その ) の失せるなり、 なんびとのみまかりゆくもこれに似て、 みずからを 殺 ( そ ) ぐにひとし、 そはわれもまた人類の一部なれば、 ゆえに問うなかれ、 誰がために鐘は鳴るやと、 そは汝がために鳴

「洋画 キリスト教関連」

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 西部劇の次はキリスト教関連映画で、ジーン・シモンズ、リチャード・バートン主演の『聖衣』におけるジーン・シモンズの気高い気品のある美しさに感銘した。シェンキヴィッチ原作の『クォ・ヴァディス』はロバート・テイラーとデボラ・カーが演じた。そしてアンソニー・クイン、ジーナ・ロロブリジータ主演の『ノートルダムのせむし男』、共にチャールトン・ヘストン主演の『十戒』と『ベン・ハー』。ローマ観光の折に、騎馬での戦車競技場を見た時にはすぐに『ベン・ハー』の映画の場面が浮かんだものであった。この辺りまでは、まだ中学生で父と一緒に見に行っていたように思う。 ローマの戦車競技場跡