『翌檜物語』 井上 靖

 宮本輝が初めて大人の小説を読んだのが『翌檜物語』であるそうだが、私にとっても同じような感覚がある。少年鮎太が大人になるまでの六編が描かれているが、中でも印象的だったのは少年鮎太に愛と死を教えた「深い深い雪の中で」の冴子と、気性の激しい「寒月がかかれば」の雪枝、そして華やかな若い未亡人である「漲ろう水の面より」の信子である。

 

「トオイ トオイ 山ノオクデ フカイ フカイ 

 雪ニウズモレテ ツメタイ ツメタイ 雪ニツツマレテ

 ネムッテシマウノ イツカ」 冴子

「寒月ガカカレバ 君ヲシノブカナ

 アシタカヤマノ フモトニ住マウ」  鮎太

「信子の言い方を以ってすると、多くの人間は大抵翌檜

 だが、大きくなって檜になる歴とした檜の子もその中

 に混じっている。ただそれの見分けがつきにくいこと

 が問題だと言うのであった」

「誰が檜の子かしら。大澤さんかしら、鮎太さんかしら」

 そんなことを信子はよく言った。」

         井上 靖 『翌檜物語』

二の丸庭園(東京)


コメント

このブログの人気の投稿

『かくれ里』 白洲正子 「神子の山桜」

「愛と感謝とで」(ノートの一つ目)

「洋画 キリスト教関連」